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東京高等裁判所 平成11年(行ケ)111号 判決 2000年1月18日

原告

タカヤマ金属工業株式会社

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁理士

【B】

【C】

【D】

被告

特許庁長官【E】

指定代理人

【F】

【G】

【H】

【I】

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告

特許庁が平成7年審判第10840号事件について平成11年2月22日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成5年10月13日に意匠に係る物品を「波形屋根板用ボルト」とする別紙第1記載の意匠(以下「本願意匠」という。)について、平成5年意匠登録願第31209号(平成5年10月13日に意匠登録出願)に係る意匠を本意匠として類似意匠の意匠登録出願をしたところ、平成7年3月31日に拒絶査定を受けたため、同年5月19日にこれに対する不服の審判を請求した。特許庁は、上記請求を平成7年審判第10840号事件として審理した結果、平成11年2月22日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、同年3月23日、原告にその謄本を送達した。

2  審決の理由

別紙審決書の理由の写しのとおり、本願意匠は実開昭53-6016号公報の「屋根板の取付装置」第3図に記載されたボルトの意匠(別紙第2記載の意匠、以下「引用意匠」という。)に類似するものであるから、意匠法3条1項3号に該当すると認定判断した。

第3原告の審決取消事由の要点

審決の理由のうち、①本願意匠と引用意匠の特定(2頁2行ないし13行)は認め、②本願意匠と引用意匠との対比における共通点及び差異点の認定(2頁19行ないし4頁3行)は、共通点(1)、(3)及び(6)並びに差異点<3>を争い、その余は認め、③本願意匠と引用意匠の総合評価(4頁4行ないし9行)は争い、④差異点の評価(4頁10行ないし6頁2行)は、差異点<1>、<2>を認め、同<3>は争い、⑤結論(6頁2行ないし14行)は争う。

審決は、共通点(1)、(3)及び(6)を誤認し(取消事由1(1)ないし(3))、差異点を看過し(取消事由1(4))、差異点<3>についての評価を誤ったものであって(取消事由2)、その誤りが結論に影響を及ぼしたものであるから、違法として取り消されるべきである。

1  取消事由1(共通点の誤認及び差異点の看過)

(1)  取消事由1(1)(共通点(1)の誤認)

審決は、本願意匠と引用意匠との共通点として、「(1)全体が、頭部、かしめ胴部、ネジ切り部、剣先部より形成されたボルト金具であって、」(2頁19行ないし3頁1行)と認定したが、誤りである。

本願意匠の全体は、別紙第3に示すとおり、下方から上方に向けて頭部1、かしめ胴部2、ネジ切り部3、さらにこのネジ切り部3の上方に無ネジ部としての突状部4を介して尖鋭部5を形成してなるものである。これに対し、引用意匠は、ネジ切り部13から連続して剣先部14を形成してなるものであって、無ネジ部としての突状部が全くない。このように、両意匠は全体の構成を異にするものである。

(2)  取消事由1(2)(共通点(3)の誤認)

審決は、本願意匠と引用意匠との共通点として、「(3)短い略円柱体状としたかしめ胴部を形成し、」(3頁2行ないし3行)と認定したが、誤りである。

本願意匠のかしめ胴部2は、その上方外周が先細に形成され、しかも、その外径(m)は下方の頭部1の外径(M)と比較して大きくは異ならず、やや小径に形成されているにすぎない。これに対し、引用意匠のかしめ胴部12は、同径の略円柱体形状からなり、その外径(m)も頭部の外径(M)の略2分の1程度にまで小径に形成されている。このように、両意匠のかしめ胴部の形状は異なっている。

(3)  取消事由1(3)(共通点(6)の誤認)

イ 審決は、本願意匠と引用意匠との共通点として、「(6)先端を尖らせた剣先部」(3頁6行ないし7行)と認定したが、誤りである。

本願意匠の尖鋭部5は、その先端を三角形状にとがらせて形成してなる。これに対して、引用意匠の剣先部14は、その先端が丸みを帯びて形成されており、先端をとがらせたものではない。このように、両意匠の先端の形状は異なっている。

ロ 本願意匠の尖鋭部5は、その先端を三角形状にとがらせることにより、波形屋根板の取付時に、屋根板そのものを打ち抜くことを目的としたものである。これに対し、引用意匠の剣先部14は、先端が丸みを帯びたものであるから、波形屋根板を打ち抜くことができず、屋根板自体に形成した孔にボルトを挿入する際のガイド的な機能を有するものにすぎない。

このように、本願意匠と引用意匠の最先端部分は、打ち抜くか、挿入時のガイドになるかという決定的な違いがあるから、その差異をこの種物品の取扱者が看過するはずはない。

(4)  取消事由1(4)(差異点の看過)

審決は、本願意匠と引用意匠との差異点<3>について、「ネジ切り部と先端の尖鋭部の間にやや径をすぼめた短い柱状部を設けたか否かというものであり」(5頁5行ないし7行)としか認定しなかったが、誤りである。審決は、本願意匠がネジ切り部3に同ネジ切り部の外径(L)より小径(l)で、かつ無ネジ部としての円柱状の突状部4を立設し、ネジ切り部3の頂面外周縁に突状部4との間で段部(α)を形成してなる点を看過している。

2  取消事由2(差異点<3>についての判断の誤り)

審決は、差異点<3>について、部分的な微差にとどまると判断したが、誤りである。

(1)  本願意匠に係る物品の意匠において、引用意匠の全体形状、すなわち、基本的形態は極めてありふれた周知な形態であるのに対し、差異点<3>に係る本願意匠の態様は、従来全く存在しなかったものである。

イ 審決は、本願意匠に係る物品であるボルト金具の分野においては、ネジ切り部の上方に径小とした柱体部と円錐状の尖鋭部を形成して剣先部としたものが本願意匠の出願前よりよく知られていると認定し、実開平1-171815号公報(以下「甲第2号証刊行物」という。)の第2図記載のボルト15を例示した。しかし、上記ボルトは、その頭部の下に続く太径の筒状部が本願意匠のかしめ胴部に当たり、その下の小径の筒状部がネジ切り部に当たるものである。したがって、上記ボルトは、引用意匠に係るボルト(以下「引用ボルト」という。)と同じく、ネジ切り部から直接尖鋭部を形成した態様のものであって、ネジ切り部の上方に径小とした柱体部と円錐状の尖鋭部を形成して剣先部としたものではない。

上記太径の筒状部にネジ溝がないことは、胴部にはネジ溝が記載されていないこと、しかも、ネジ溝の記載が省略されているのなら、一般的には、ネジ溝のネジ谷を表した実線が筒状の輪郭とは別に表示されていなければならないのに、それも記載されていないことによって認められるところである。

また、本願意匠に係るボルト(以下「本願ボルト」という。)は、上向きにしてナットを外嵌螺着するものであるのに対し、上記ボルトは、下向きにボルトを螺入して部材を固定するものであって、その用途や機能を異にするから、両者は物品の分野が異なる。

ロ 被告は、ネジ切り部の上方に径小とした柱体部と円錐状の尖鋭部を形成して剣先部としたものが本願意匠の出願前より知られていたことの根拠として、実開昭58-85003号公報(以下「乙第10号証刊行物」という。)、実開昭58-85018号公報(以下「乙第11号証刊行物」という。)及び特開平4-506243号公報(以下「乙第12号証刊行物」という。)を挙げる。しかし、上記各刊行物に記載された物品は、いずれも単なるネジであり、本願意匠のように尖鋭部を上向きにしてナットを上方から挿入して下方のネジ切り部で螺着する形態が開示されているものではない。すなわち、これらのネジには、本願意匠の特徴とするナットを戴置するための形態であるネジ切り部の頂面周縁に突状部との間に空いた場所を形成してなる段部が明示されていない。

ハ 被告は、剣先を有するボルトの物品分野において、剣先部に長短各種の柱体部を設けたものはよく見られるとして、前記各刊行物、実開昭49-143673号公報(以下「乙第13号証刊行物」という。)及び特開昭56-93510号公報(以下「乙第14号証刊行物」という。)を挙げ、このことを看者の注意力を喚起せしめる重要な要素と評価することができないと主張する。

しかし、これらの刊行物に記載されたボルトは、いずれもその尖鋭部が下方を向いており、本願意匠のようにナットを尖鋭部に挿通してネジ切り部でナット締めするものではないことは明らかである。したがって、これらの刊行物に記載されたボルトは、本願意匠とその目的、用途、使用形態が全く異なるから、本願意匠のボルトの先端部分の形状が看者の注意を喚起せしめるか否かの判断の決め手になるものではない。

(2)  本願意匠及び引用意匠に係る物品の取扱者は、一般消費者ではなく、専門的に家屋建築等に従事する建築施工業者である。これら業者は、タイトフレーム(屋根板保持枠材)に本願意匠に係る物品を固定し、次いでこのタイトフレームを梁等の母屋に設置し、その後で波形屋根板を取り付けようとするものである。そうすると、波形屋根板の取付作業を行う際には、本願意匠に係る物品をその尖鋭部が上方に向けて突出した状態で認識するから、その先端部分が最もよく目に入る。

また、本願意匠では、波形屋根板を取り付けようとする際、ネジ切り部より小径の円柱状の突状部がナットの外嵌時にガイドとして機能し、これによってナットの仮締めや本締め作業が正確、容易、迅速になり、また、ナットをネジ切り部の頂面外周縁に突状部との間で段差部が形成されているため、仮締めの際、ナットを段差部に戴置することが可能となり、その結果、ネジ切り部にナットを正確に螺合できるので、取付作業の効率化を図ることができる。以上のように、本願意匠のボルトの先端部分の形状は、特有の形態で斬新なものであるから、看者の注意力を喚起する重要な要素である。

したがって、ボルトの先端部分の形状が、本願意匠と引用意匠の類否判断を左右する重要な部分になると考えるべきである。

第4被告の反論の要点

1  取消事由1(共通点の誤認及び差異点の看過)について

(1)  取消事由1(1)(共通点(1)の誤認)について

審決は、具体的な態様を把握することに先立って、まず、大づかみな骨格ともいうべき態様を把握して、ネジ切り部の上方部分全体を剣先部としたものである。そして、原告のいう無ネジ部としての突状部についても、本願意匠と引用意匠の差異点<3>において、剣先部における具体的な差異として認定している。したがって、審決の認定に誤りはない。

(2)  取消事由1(2)(共通点(3)の誤認)について

イ 本願意匠において、かしめ胴部の上方外周が先細に形成されていることは、意匠的な観点からは、単に周縁隅部にごく単純な隅取りをしたという程度のものであって格別に意味がなく、また、かしめ胴部を本願意匠の程度に上方外周を先細にする処理は、既に周知の態様であって格別取り上げるほどの要素ではないから、類否判断にはほとんど影響がない。

ロ 本願意匠と引用意匠のかしめ胴部と頭部とは、ともにタイトフレームに食い込んで共回りを防ぐための回転止め突起爪を頭部外縁とかしめ胴部との間に設ける余地程度に、かしめ胴部の径を狭めた程度である点で共通する印象を与えるものであり、両者の外径比は、厳密な実測値としては差異があるとしても、ともに3分の2前後であって極めて近似するから、あえて差異として挙げるまでもないものである。

(3)  取消事由1(3)(共通点(6)の誤認)について

イ 本願意匠と引用意匠の最先端部位について、その尖鋭部が、厳密に尖らせた先端であるか、やや先丸状に尖らせた先端であるかの差異があるとしても、それは意匠全体としては極めて限られた部位の、その最先端の差異であり、その部位のみを注視すればともかく、全体としてはほとんど目立つものではない。

ロ 引用意匠の先端尖鋭部も、本願意匠のそれと同様、屋根板を穿孔することが可能なものである。

しかし、本願意匠と引用意匠の先端尖鋭部は、物理的には屋根板を穿孔することが可能なものであるとしても、実際には、ともに屋根板にあらかじめ形成したボルト用挿通孔に容易にボルト先端を挿通するためのガイド機能を果たす程度のものと認識するのが相当である。

したがって、屋根板を穿孔するか否かの違いを根拠とする原告の主張は失当である。

(4)  取消事由1(4)(差異点の看過)について

審決は、差異点<3>として、円柱体部がネジ切り部よりもその外径をやや狭めていることを認定している。そうである以上、円柱体部とネジ切り部の連続部には、それに応じた段部が現れるのは当然である。審決は上記段部が形成される点を看過したのではなく、重複した認定を避けたにすぎない。

2  取消事由2(差異点<3>についての判断の誤り)について

(1)  差異点<3>に係る本願意匠の態様は、本願意匠にのみ見られる特有の形態ではない。

イ 甲第2号証刊行物記載のボルトの太径部は、かしめ胴部ではなく、ネジ切り部である。

ボルトの図面表示において、ネジ切りの溝線を具体的に表示せず、省略して表示することはごく普通に行われている手法であるから、上記ボルトについて、図面上ネジ切り部が明確にネジ溝として表現されていないとしても、そのことは、そこにネジ溝が存在しないことを意味するものではない。省略して表示されたにすぎないのである。

甲第2号証刊行物記載のボルトも、折板屋根板用の止めボルトとして使用されるものであり、本願意匠と用途を同じくする物品である。

ロ ネジ切り部の上方に径小とした柱体部と円錐状の尖鋭部を形成して剣先部としたものが本願意匠の出願前より知られていたことの例として、甲第2号証刊行物のほかにも、乙第10ないし第12号証各刊行物がある。

ハ 剣先を有するボルトの物品分野において、剣先部に長短各種の柱体部を設けたものは、乙第10ないし第14号証各刊行物記載のとおりよく見られる。したがって、このことを看者の注意力を喚起せしめる重要な要素とは評価できない。

(2)  原告は、本願意匠に係る物品の取扱者が波形屋根板の取付作業を行う際には、本願意匠に係る物品をその尖鋭部が上方に向けて突出した状態で認識するから、その先端部分が最もよく目に入ると主張する。しかし、それは、作業工程中の一過程におけるボルトの見え方のみをとらえたにとどまる。作業工程の全行程を通じて本願意匠に係る物品を認識した場合、先端部分のみが目に付くということはない。

また、引用ボルトもまた、とがった先端部を有するから、屋根板のボルト用挿通孔へのガイド機能を果たすとともに、ナット装着時には、ナットをとがった先端部で保持し、いったん戴置する機能を果たす。

原告は、本願ボルトの剣先部の柱体部について、使用時における機能的な利便性を強調する。しかし、本願ボルトの当該部位に機能的な利便性があるとしても、その利便性は引用ボルトも有するのであり、ナットを仮置きするとき、やや深く仮置きできるか浅く仮置きできるかの程度の相違があるとしても、格別に革新的な利便性も作業性、効率性も期待できるものではなく、その形態自体はごく短い柱体部であって、面積的にも小さく目立つものではないから、意匠的な差異としては評価できない。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(1)(共通点(1)の誤認)について

審決は、共通点(1)の認定において、本願意匠及び引用意匠のネジ切り部よりも上にあるネジ切りのない部分、すなわち、本願意匠のネジ切り部よりもやや外径を狭めた円柱体(原告のいう無ネジ部としての突状部)及びその上部の円錐状突起並びに引用意匠のネジ切り部と同径の円錐状突起をともに「剣先部」と表現したものと認められる。このことは、審決書の記載自体、とりわけ、差異点<3>として「剣先部が、本願の意匠は、ネジ切り部よりもやや外径を狭めた円柱体の上部に円錐状突起を形成したものであるのに対して、引用の意匠は、ネジ切り部と同径の円錐状突起のみである点」(3頁19行ないし4頁3行)を認定していることから明らかである。

そして、本願意匠及び引用意匠の「剣先部」はいずれも剣先状であるから、これを共通点とした審決の認定に誤りはない。

2  取消事由1(2)(共通点(3)の誤認)について

(1)  本願意匠のかしめ胴部は、上方外周がやや先細に形成されているが、引用意匠のかしめ胴部にはそれがないことは明らかである。しかし、本願意匠のかしめ胴部の上方外周がやや先細に形成されている点は、周縁隅部に隅切りがされていると認識される程度のものであり、しかも、一般に物品の角に隅切りをすることはありふれたことである(当裁判所に顕著である。)のみならず、屋根板用ボルトのかしめ胴部においても実開昭59-160721号公報(乙第6号証)記載のボルトに見られるとおり知られていたものであるから、この点の相違は些細なものというべきである。

(2)  本願意匠と引用意匠の頭部とかしめ胴部の外径比は、厳密に計測すれば同じではないけれども、ともに3対2前後であるから、視覚的には同程度のものと認められる。

(3)  そうすると、本願意匠と引用意匠のかしめ胴部における以上の相違は、意匠の類否を判断するに当たり、あえてその点を取り上げて評価するほどのものではないと認めることができる。

3  取消事由1(3)(共通点(6)の誤認)について

(1)  本願意匠と引用意匠の剣先部の先端は、厳密にいえば、引用意匠のものの方が本願意匠のものよりもやや丸みを帯びていることは原告主張のとおりである。

しかし、その差異はわずかなものであるうえ、ごく限られた部位の最先端の箇所の差異であるから、意匠全体としては目立つものということはできない。したがって、上記相違は、意匠の類否を判断するに当たり、あえてその点を取り上げて評価するほどのものとは認められない。

(2)  原告は、この点につき、本願意匠の剣先部が、その先端を三角形状に尖らせることにより波形屋根板を打ち抜くことを目的としたものであるのに対し、引用意匠の剣先部は、屋根板自体に形成した孔にボルトを挿入する際のガイド的な機能を有するものにすぎないという差異があるから、その差異をこの種物品の取扱者が看過するはずはないと主張する。

弁論の全趣旨によれば、普通の場合、本願ボルト及び引用ボルトのいずれにおいても、使用時には、まずタイトフレームにあらかじめ形成されたボルト用挿通孔にかしめ胴部までボルトを挿通し、そのかしめ胴部をかしめる(つぶす)ことによって、頭部とかしめられたかしめ胴部がタイトフレームを挟みつけると同時に回転止め突起爪がタイトフレームに食い込むことにより、ボルトがタイトフレームに上向きに固定されること、そして、その後にボルトに上側から屋根板が固定されることが認められる。

他方、屋根板は、強風や積雪により、あるいは、人間が保守管理のために上に乗ることによりなどで荷重がかかるから、相当な強度を必要とするものであることは明らかである。そうすると、このような強度を有する屋根板を固定する際に、屋根板上面側からボルトの剣先部先端に当接した箇所を殴打して屋根板を打ち抜こうとすると、相当な力を加えることになるのは避けられないから、その殴打の衝撃により、タイトフレームを挟みつけているかしめ箇所が緩んで回転止め突起爪の食い込みが緩み、ボルトが共回りしてナットが十分締め付けられなくなるという結果を招くおそれがある。また、屋根を葺いている現場で屋根板を殴打して孔を穿つというのは、作業効率も悪く、屋根板の面に歪みや傷が生じるおそれもある。さらに、本願ボルトは、剣先部よりもネジ切り部の方が径が太いから、剣先部で屋根板を打ち抜いた場合には、ネジ切り部で屋根板の孔を押し広げることになり、ネジ切り部が破損してナットが締め付けられなくなるおそれもある。

以上の事情を考慮すれば、看者は、本願ボルトについて、剣先部の先端で波形屋根板を打ち抜くことを通常の使用方法とするものと認識するとは認められないから、本願意匠の剣先部について、厳密にとがっているかそれとも引用意匠程度にやや丸みを帯びているかについて、特別の着目をするものとは認められない。原告の主張は、採用することができない。

4  取消事由1(4)(差異点の看過)について

審決は、差異点<3>として、「剣先部が、本願の意匠は、ネジ切り部よりもやや外径を狭めた円柱体(判決注・原告のいう無ネジ部としての円柱状の突状部)の上部に円錐状突起を形成したものである」(3頁19行ないし4頁1行)ことを認定している。そして、ネジ切り部よりも円柱体の外径がやや狭められていれば、必然的にネジ切り部の頂面外周縁と円柱体との間には、両者の外径の差に対応した段部が形成されることは明らかである。そうすると、審決は、原告主張に係る外径の差及び段部の形成を差異点として認識し、これを認定しているというべきであるから、審決に原告主張の差異点の看過はない。

5  取消事由2(差異点<3>についての判断の誤り)について

(1)  ネジ切り部の上方に径小とした柱体部と円錐状の尖鋭部を形成して剣先部とした形態の存在について

イ 甲第2号証、乙第10、第11号証によれば、屋根板用のネジにおいては、ネジ切り部の上方に径小とした柱体部と円錐状の尖鋭部を形成して剣先部としたものは、本願意匠の出願前より周知でありふれたものであったことが認められる。

ロ 原告は、甲第2号証刊行物記載のボルトについて、その頭部の下に続く太径の筒状部が本願意匠のかしめ胴部に当たり、その下の小径の筒状部がネジ切り部に当たると主張する。

しかし、甲第2号証によれば、上記ボルトは、連結部14、14と水平部8を挟んでボルト締めするボルトであることが認められるから、連結部14、14と水平部8に接して図示されている太径の筒状部こそがネジ切り部であるものと解される。これに対し、上記ボルトの小径の筒状部は連結部14、14にも水平部8にも接していないように図示されているから、仮にこの小径の筒状部がネジ切り部であるならば、ボルトは連結部14、14や水平部8をボルト締めできないことになり、不合理である。また、太径の筒状部がかしめ胴部であるならば、ボルトの先端が下を向いているため、下から力を加えてかしめなければならないことになって、この点においても不合理であるのみならず、これがかしめられた状態は全く図示されていない。したがって、太径の筒状部がかしめ胴部とは考えられない。

甲第2号証刊行物には、上記ボルトの太径の筒状部について、ネジ溝もネジ溝のネジ谷を表した実線も記載されていない。しかし、原告がネジ切り部であると主張する小径の筒状部にもまた、ネジ溝もネジ溝のネジ谷を表した実線も記載されていない。ところが、上記ボルトがボルトである以上、ネジ切り部は存在するはずであるから、甲第2号証刊行物の上記ボルトの記載は、ネジ切り部であることを示す記載が省略されているものと解される。したがって、甲第2号証刊行物には、上記ボルトの太径の筒状部について、ネジ溝もネジ溝のネジ谷を表した実線も記載されていないことは、前記認定の妨げとなるものではない。

ハ また、原告は、本願ボルトは、上向きにしてナットを外嵌螺着するものであるのに対し、甲第2号証刊行物記載のボルトは、下向きにボルトを螺入して部材を固定するものであるから、その用途や機能を異にし、物品の分野が異なると主張する。

しかし、上記ボルトは、本願ボルトと同じく屋根板用ボルトであって、その物品の需要者は、本願ボルトと同じく専門的に建築等に従事する建築施工業者であるものと認められる。そうすると、これら需要者は、屋根板用ボルトとしての甲第2号証刊行物記載のボルトの形態もよく知っているものと解されるから、上記ボルトのような形態に接しても、特段斬新であるとか目新しいと感じることはないものというべきである。

したがって、本願ボルトと甲第2号証刊行物記載のボルトとの間に、これを使用する際に原告の主張する程度の相違が生じるとしても、そのことは、需要者が、当該形態について周知でありふれていると感じるか、それとも斬新ないし目新しいと感じるかという点について甲第2号証刊行物記載のボルトの存在を考慮することを妨げる理由とはならない。

ニ 原告は、乙第10、第11号証刊行物各記載のネジについて、いずれも単なるネジであり、本願意匠のように尖鋭部を上向きにしてナットを上方から挿入して下方のネジ切り部で螺着する形態が開示されているものではないと主張する。

しかし、これらも本願ボルトと同じく屋根板用のネジであって、その物品の需要者は、本願ボルトと同じく専門的に建築等に従事する建築施工業者であるものと認められる。そうすると、これら需要者は、屋根板用のネジとしての乙第10、第11号証刊行物各記載のネジの形態もよく知っているものと解されるから、上記各ネジのような形態に接しても、特段斬新であるとか目新しいと感じることはないものというべきである。したがって、本願ボルトと乙第10、第11号証刊行物各記載のネジとの間に、これを使用する際に、雌ネジ(ナット)を使用するか否かや使用の向き等の相違が生じるとしても、そのことは、需要者が、当該形態について周知でありふれていると感じるか、それとも斬新ないし目新しいと感じるかという点について乙第10、第11号証刊行物各記載のネジの存在を考慮することを妨げる理由とはならない。

なお、乙第10、第11号証刊行物各記載のネジについて、ネジ切り部の頂面外周縁と柱体部との間に段部が形成されていることは、同様に段部を有する本願意匠についての別紙第1のA-A断面図と対比すれば、図面上明らかというべきである。

(2)  乙第3ないし第5号証及び弁論の全趣旨によれば、屋根板用ボルトの剣先部が、引用意匠のようにネジ切り部と同径の円錐状突起のみである形態は、本願意匠の出願前より周知でありふれたものであったことが認められる。

(3)  以上のとおり、本願意匠及び引用意匠の各剣先部は、ともに周知でありふれた形態であって、しかも、いずれも意匠全体に占める割合が大きいものではないから、看者は、両者の差異を部分的な微差と認識するものというべきである。

(4)  原告は、本願ボルト及び引用ボルトのようなボルトの取扱者が波形屋根板の取付作業を行う際には、ボルトをその尖鋭部が上方に向けて突出した状態で認識するから、その先端部分が最もよく目に入ることを根拠として、ボルトの先端部分の形状が、本願意匠と引用意匠の類否判断を左右する重要な部分になると主張する。しかし、原告の主張は、作業工程中の一過程におけるボルトの見え方のみをとらえ、他の場面におけるボルトの見え方を無視するものであって失当である。すなわち、本願ボルト及び引用ボルトのようなボルトの取り扱い過程には、購入するか否かを決定する際の検討の段階から始まり、ボルトの保管・管理や様々な作業工程があり、それぞれの場においてそれぞれの場に応じた見方がされるはずであって、その間を通じて看者が常にボルトの先端部分がもっともよく目に入る状態で見るなどというものではないことは明らかであるから、作業工程中の一過程のみを根拠とする原告の主張は失当である。

また、原告は、本願意匠について、剣先部がナットの外嵌時にガイドとして機能し、また、ナットを柱体部とネジ切り部との間の段差部に戴置することが可能となるため、仮締めが容易となるから、本願意匠の剣先部が看者の注意力を喚起する重要な要素であると主張する。しかし、本願ボルトの剣先部がそのような作用効果を奏するとしても、これらの作用効果は、その程度に幾分かの差があるにせよ引用ボルトも奏するものであることは明らかであり、かつ、本願意匠の剣先部が周知でありふれた形態である以上、視角を通じた美感が問題となる意匠の類否について、特段看者の注意を喚起するものとは認められない。原告の主張は、採用することができない。

6  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

第6よって、本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

<以下省略>

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